三拍子に揺曳する運命たち

 

読書感想文でも書きます。

 

 

読んだのは川端康成『花のワルツ』,新潮文庫

この文庫本には全部で四作収録され、それぞれ毛色がちがうが川端康成作品らしく、様々な女性の機微が精緻に織り込まれている。それらはうすあまい冷たさとなって、冴え冴えと底流に流れる。

ここでは花のワルツの話をします。

 

「花のワルツ」というのはあまりに有名なバレエ曲で、くるみ割り人形のフィナーレ。主題メロディは恐らく誰もがきいたことのあるフレーズでしょう。

小澤征爾指揮の素晴らしい演奏がYouTubeにアップされているので、良かったらきいてみてください。私は金平糖の踊りが好きです。

 

話がそれました。

花のワルツは豊かなホルンやフルートが陽光を思わせるような、たっぷりとした曲ですが、小説の内容は激しいのです。

 

バレエの舞台。終演際にけんかをする場面から、物語の幕は上がります。

才能を持つ淡白な星枝。一生懸命な努力家の鈴子。

恩師。愛する人。芸術の焰。花の精のような二人の踊り子はめまぐるしい運命にのり、バイオリンの渦に巻き込まれるように、アレグロで物語は展開します。

あの旋律を思い浮かべながら読み進めていくと、伴奏だったそれはこちらへどんどんと侵食し、抜け出せられないような、そんな心地になります。

 

 

さて、いくら言葉を尽くしたところでそれが小説に成り替わりはしないので、本文のうちから私の好きな箇所を引用します。

 

「忘れたわ。」

「よく忘れる人ね。」

と、鈴子が眉墨を引いてやっていると、星枝の頰にひと滴の涙が伝わった。

「あら。」

と、鈴子は思わず手を止めたが、その自分の驚きをぐっと呑み下して、なにげなく微笑むと、涙を拭いてやった。

「なんなの、これ?私に頂戴。」

星枝は美しい面のように、目をつぶったまま、

「鈴子さん、南条さんを愛してるの?」

「ええ、愛してるわ。」

と、鈴子は明るく言った。

「それがどうかしたの。」

「はっきり言うのね。」

「はっきり言うわ。」

「そう?」

 

川端康成は運命に女性を折り重ねて書くことが本当に上手いと思う。

花びらに透ける脈のような、雪の柔らかいひとひらような、こんなに繊細な会話なんかを見ると、私は思わず瞑目する。

『花のワルツ』は大衆小説のような雰囲気があるが、そうした中にも必ず川端康成の文章は煌めいていて、発見するたびに生き生きとした気持を抱く。

 

 

実は、この本は既に絶版である。

 

同時収録の『朝雲』なんかは女学校の恋情を描かれたいわゆる百合作品で、かぐや姫を想起させる部分があって楽しい。他の作品も奇抜だったり(『イタリアの歌』)、逆に定番要素らしかったり(『日雀』)と、素晴らしい一冊なのに、なのに、amazonで1円なのだ。

絶版にしておくには惜しまれる。

いつか復刊しないかなあ、と思っている。